5.2 AIが社会に与える影響

今やAIは、最先端の研究室やIT企業の中だけに留まる存在ではありません。私たちが気づいているかどうかにかかわらず、AIはすでに社会のあらゆる仕組みの「神経系」として、深く、そして静かに潜り込んでいます。

インターネットの検索結果の順位、SNSのタイムラインに流れてくるおすすめの投稿、銀行の融資審査、スマートフォンの地図アプリが提示する最短ルート、さらには企業の採用選考や医療の画像診断、裁判における量刑の補助に至るまで、私たちの日常の選択や社会的な評価の多くが、知らぬ間にAIの計算結果によって左右されています。

このように社会のインフラとなったAIは、一見すると、人間のような感情を持たない「きわめて中立的で公平な裁判官」のように思えるかもしれません。しかし現実には、AIは社会を良くも悪くも変えてしまう、強烈な「増幅器(アンプ)」としての影響力を持っています。

AIが出す判断は、人間が与えた「過去のデータ」と「アルゴリズム」に100%依存しています。そのため、もし人間が用意した過去のデータの中に、社会的な差別や偏見、不平等が含まれていた場合、AIはその歪みを「正しいパターン」として学習し、人間の生身の偏見よりもさらに冷酷で、極端な形で社会に出力(増幅)してしまう危険性があるのです。

たとえば、過去の歴史において特定の性別や人種が不遇な扱いを受けていたデータをそのままAIに学習させれば、AIは「この属性の人は成功する確率が低い」と冷徹に判断し、その不平等を未来永劫、自動的に固定化してしまいます。しかもそれは、「高度なAIがデータに基づいて導き出した客観的な正解」というお墨付きを得て社会に流通するため、人間による差別よりもはるかに見えにくく、正しにくいという厄介な性質を持っています。

また、SNSのアルゴリズムに目を向ければ、AIは「ユーザーの滞在時間を最大化する」という人間に与えられた目的のためだけに動きます。その結果、人間がクリックしやすい過激な情報や、怒りや不安を煽るフェイクニュース、あるいは自分の意見と同じ意見だけがエコーのように返ってくる「エコーチェンバー」を意図的に作り出し、社会の分断を急速に加速させています。AIには「社会を健全に保とう」という倫理観や大局的な視点はないため、ただ与えられた数値目標に向かって、社会のブレーキを壊すような影響を与えてしまうのです。

AIは、それ自体が自発的な悪意を持って社会を破壊することはありません。しかし、人間側の設計の甘さや、偏ったデータの存在、あるいは目先の利益だけを追い求める意志と結びついたとき、社会の歪みを爆発的に拡大する道具へと変貌します。

この強力な増幅器がもたらす恩恵とリスクの双方を冷徹に見つめ、社会がそのコントロールを失わないように監視し続けること。それこそが、AI社会を生きる私たち常識ある市民に課せられた、避けては通れない責任なのです。

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