厳密で間違えない機械であるコンピューターに対して、その最上階に構築された「AI(人工知能)」は、全く異なる性質を持っています。
AIの本質は、一言で言えば「不確実な『確率とパターン』を扱う、人間に寄り添う仕組み」です。
コンピューターが「白か黒か」を100%の正確さで仕分ける道具だとすれば、AIは「グレーのグラデーション」の中から「もっともそれらしいもの」を推測する道具と言えます。
「もっともらしい嘘(ハルシネーション)」をつく理由
第5章で解説した通り、AIは言葉の意味を人間と同じように理解しているわけではありません。記憶装置(メモリ)の中にある天文学的な数の「重み(パラメータ)」をベースに、GPUの並列計算を使って「次に来る確率が最も高い言葉」を弾き出しているだけです。
ここに、AIが従来のコンピューターと決定的に異なるポイントがあります。
AIは、時に「堂々と間違える(もっともらしい嘘をつく)」のです。専門用語でハルシネーション(幻覚)と呼ばれるこの現象は、AIが壊れているから起きるわけではありません。むしろ、AIが「確率の計算機」として正常に機能しているからこそ起こります。
AIにとって重要なのは「厳密に正しいか」ではなく、「統計的に、いかにも人間が書きそうな自然な文章(パターン)になっているか」です。そのため、手元に正しいデータがない場合でも、もっともらしく見える言葉の数珠つなぎを計算で作り上げ、さも真実であるかのように出力してしまいます。
計算のプロセスに「100%の正解」は存在せず、常に「おそらくこうだろう」という不確実さ(確率)を抱えながら動いている。これがAIの最大の特性です。
アイマイさを許容することで、初めて「人間に寄り添える」
一見すると「間違える」というのは機械として欠陥のように思えますが、この不確実さやアイマイさをあえて受け入れたからこそ、AIは初めて「人間のパートナー」としての席を勝ち取ることができました。
人間という生き物は、もともとアイマイで、不確実な存在です。日によって言うことが変わり、体調によって声のトーンが変わり、手書きの文字は毎回形が違います。
従来の融通の利かないコンピューターは、こうした人間のアイマイさに付き合うことができませんでした。しかし、パターンを認識するAIは違います。
- 手書きの文字がどれほど汚くブレていても、「過去のパターンからして、これは98%の確率で『犬』という文字だ」と柔軟に認識できます。
- 人間の話し言葉に少々の誤字や主語の抜けがあっても、前後の文脈(アテンション)を計算し、「この人が言いたいのは、おそらくこういう意味だろう」と先回りして汲み取ることができます。
AIは、デジタル特有の冷徹な厳密さを、天文学的な「量」の計算によって「人間の肌感覚に近い、なめらかな知能」へと昇華させた技術です。
間違えない代わりに融通の利かなかったコンピューターが、確率という不確実さを身につけたことによって、ようやく私たちの不完全な言葉や感情を受け止め、人間に寄り添ってくれる存在(AI)になったのです。